おとなんつづり

ほっと一息、大人世代あれこれ。心豊かな暮らしを目指しています。

認知症の父に学んだお茶目な老後。辛い現実を明るく話せる人でいたい。


人生後半を生きるオトナンです。病気や老いで、変わっていく友人や親戚たちと接する機会が増えてきました。若い頃は歳をとるのは「枯れるだけ」と思っていたけれど、実は違うんじゃないかと思えてきましたよ。

 

 

幸せのあり方は自分流

 

先日、第一生命のサラリーマン川柳の記事を書きました。

▼この記事です。 

www.otonan.com

 

 

頑張る中高年の100句を詠んで、これからの生き方や老後を思いました。 

実は私、前から心の中でひとり川柳、俳句などをするクセがあるんですよ~。

▼ちびまる子ちゃんの「友蔵心の俳句」的な感じに。

 

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出展:大阪泉州タオルのK’s Towel Shop|友蔵心の俳句タオルハンカチ

 

 

し、渋いですかね。

例えば・・・

 

春の風 アポロと微笑む 散歩道

 

とかね。なんのヒネリも無いですよ。こんな事をぶつぶつ言いながら、犬のリードを持って歩いたりしています。すっかり老人な感じですねっ。だけどこんな穏やかな時間の流れが大好きなんです。

 

忙しいというのは「心を亡くす」と書きます。私よりも年上で、いつもテキパキと行動的な友人には、私の行動は理解できないみたいですが、それはそれで良いと思ってます。羨ましがったり真似したりする必要は無いんです。

 

人の幸せのあり方は違うから。 

忙しくエネルギッシュに生涯を終えたい人はそのように。

私のように、ボーっと友蔵爺さんのように生涯を終えたい人はそのように。

 

 

 

自分が幸せだなと感じられたらそれで良いのです。

 

自分らしさなんて後から気が付くもので、何かをしてみて幸せだなと思う瞬間があれば、それが自分らしさじゃないでしょうか。

こんな簡単なことに気が付くのに、ずいぶん長い時間かかってしまいました。 

  

実は昨年、主人の父を看取りました。

綺麗事ではない事も色々ありましたが、今日はお茶目な思い出を1つ。

 

 

認知症が進んで専門病院へ

 

義父の認知症が進み施設に入っていたんですが、暴力をふるうようになりました。おそらく恐かったんじゃないかと思います。

 

・・・だって想像してみてください。

知らない人が、頼んでない食事を親しそうに運んでくる。

知らない人が、勝手に点滴しようとする。

知らない人が、勝手に服を脱がそうとする。

 

 

 

そんな恐怖ったらないですよね。認知症というのは、突然ある記憶が欠落したり復活したりします。だからこの時は恐くて一生懸命抵抗したのかなと。ゲンコツで殴って暴れて、自分の身を守ろうとしたのかなと勝手に思っています。

 

というのも、義父は本来明るくて頼りになる人です。

思い浮かべると笑顔の人。お茶目に笑い、軽いジョークを飛ばして舌をペろっと出して肩をすくめたり。その一方、何かを決めるときはキチンとメモして仕切ります。

嫁いだ時いちばんホッとする存在でした。

 

そんな義父が施設内暴力のため、認知症専門の病院へ入る事になったのです。その病院での会話がいつもお茶目でしたよ。

 

 

息子の名前を思い出せない父 

 

私:義父さん、来たよ~

父:おう!オトナンか。よう来たな。今、贅沢フルコース食べたとこや。

 

顔をくしゃっとさせて笑います。贅沢フルコースというのは、いつもの病院食のこと。ちょっと皮肉っぽいジョークを言ってます。私の名前はスラスラと出てきました。

 

 

夫:ほう~いいじ(良いねという意味)。俺にもくれ。

父:おう。夜は腕をふるうようコックに言うとくけ、ゆっくりしてけや~。

 

認知症の病院なので面会時間は限られてます。夜の食事までゆっくりできるわけない。コックなどいないし、病院に頼んだところで私たちの食事を作るわけありません。

ここもお茶目ジョークでしょう。

 

 

夫:この人誰や?(自分の顔を指さす) 

父:そんなん、口が裂けても言えんわ~!(大きく手をふる)

夫:なんでや?

父:こいつはワルだからな。言うたら何されるかわからんっ(口をあけて笑う)

 

知らない、忘れたとか言ってムッとしない。

覚えていない事でその場の空気を暗くしないのです。

 

 

 

なんて穏やかな老い方なんだろうって思いました。

前向きで明るい、義父らしさ溢れる会話でした。実際の義父は体力が落ち、車いす生活ですし、その車椅子への移動もひとりでは難しい状態です。食事もひとりでは食べられません。自由に行動出来ない暮らしなのです。

 

周りの患者さんも同じで、同じ服を着て、ポーっとテレビを見たりお茶を飲んだりしています。下を向いて歌をうたっている方もいらっしゃいました。

 

そんな義父があるとき、小さく笑いながらポツンと言いました。

 

「こういうトコに入ったら自分を持たにゃダメや」

 

 

 

分かってるんです。ちゃんと。断片的に忘れるけれど、こうやって時々クリアになるのです。この言葉を聞いたとき、切なくて胸がぎゅっとなりました。だけど、施設でも手に負えなくなった義父を家に帰すわけにもいきません。

 

その後、面会をするたびに少しずつ若返って可愛い感じになってきました。

「今、帰ってきたとこや~。今日は忙しくてこたえたわぁ」 

「今、仕事中や。ちょっと待っとってくれ」と懸命に腕を動かしながら話したり、大学生だったり、ゴルフ帰りだったり。

 

他にも色々あって・・・老い=枯れると一言で言えないなと思うのです。

枯れるのは身体だけで、その分心はピュアに純粋になっていく。その人のこれまでの生き方や考え方が丸裸になっていくのではないかと思うんです。

 

 

生き方や考え方が丸裸になる老後

 

義父の老い方は、自分が輝いた社会人の頃、大学生の頃の記憶の中で生きているような印象を受けました。当時辛かった仕事や人間関係も、老いてからは良き思い出になり、キラキラと心に刻まれている様子でした。

 

いっぽう義母は逆です。

今も健在ですが、施設に入っていて感情表現がだんだん衰えてきてしまいました。

義母の場合、与えられた事に対して世界を作る人で冒険をしません。こうしなさい、これだ正しいと言われた事を信じて、キッチリこなそうとするタイプです。ある意味真面目で純粋なんですが、その枠以外は間違いだと思っています。だから、それが出来ないと自分を責めて内向的になってしまいます。

 

 

 

私からみれば、人が決めた枠から出られないなんて、なんて辛い生き方だろうと思います。ちょっと勇気を出せば、知らない世界がひろがっているのに・・・と。

 

だけど、これもまた義母の生き方。

私がとやかく言うことでもないし、義母なりの幸せがあるのです。表情に出ていないけれど、話しかけるとびっくりするような言葉が返ってきたりしますから。心の中は義母にしか分からないんですよね。

 

 

 

となるとですよ・・・。

やはり、自分が幸せだなと感じられる時間を積み重ねた方が、断然良いな!と思うんです。

老いた時、心が丸裸になるのなら、キラキラとした記憶を深く刻んでおきたいと思うのです。

  

身体はいつか枯れます。

心を自由に。幸せを感じる癖をつけたい。

 

介護は綺麗ごとでは済まない世界だから、簡単には断言できないけれど。

もし身体の自由がきかなくなった時、義父のようにお茶目に笑ってジョークのひとつでも言える老い方が出来たらいいなと思います。