おとなんつづり

オトナになっても純粋に心豊かに。自由な視点で綴ります。

ネガティブを経験しているからこそ見える楽しさや感動があると思う。


大人になっても、ずっと純粋な気持ちで居られたら素敵なことですね。

それが出来る人は憧れるし尊敬できるけれど、今の私はそんな凄い人にはなれそうにありません。そこでもう諦めて、心が未熟で弱い自分を受け入れてしまいました。無駄な感情が削ぎ落されるまで、大人と子供の心を共存させるのも良いのかもしれません。

 

純粋な気持ちであり続ける事は、簡単ではない

 

先日、子供の頃のキラキラした思い出を記事にしました。

 

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せっかくピュアな心になっていたけれど・・・。

実際のところ、長続きしません。

 

そこで今回は、私と同じようにピュアさが長続きしない方へ向けての記事を。

常にポジティブでいられる方にとっては、何の意味も無い記事になっておりますよ~。

 

 

 

記事を公開した日の午後、私は汗だくでアスファルトの上を歩いていました。食材や日用品などを両手両肩いっぱいに持ち、黙々と。生活感たっぷりな午後です。

 

その状況の中、暑さで機嫌の悪い夫は無言で私の前を早歩き。

そうなるには色んな状況が重なったからなのですが、両肩に食い込む荷物を気にしつつ、夫を追いかけなくてはいけません。モヤっとした気持ちで、少し離れてセッセと歩く。

 

些細な事で喧嘩するのはエネルギーの無駄なので、大抵は流して気持ちを切り替えますが、その時は良い気分じゃありません。

夫は背が高いので、歩幅が全く合わないのですよ・・・。

常にピュアな気持ちになどなれないのです。

 

 

 

今回はその程度で済みましたが、仕事をしていたらもっと辛い事もありますよね。仕事じゃなくても、避けたい事をしなければならない時もそうです。

ちょっと気を抜くと視野が狭くなって、目の前の美しさに気が付かない。

 

そんなことありませんか? 

私はしょっちゅうあります。私の心はいまだに未熟で弱いのです。

 

 

ブレない優しさを持っていない自分を受け入れる

 

いつも心が純粋で優しい人ならば、このような状況でも微笑んでいられたでしょう。夫に何か、気遣う言葉のひとつでもかけられたかもしれません。

それが自然に出来る人こそ、愛に溢れた人。

 

常に愛に溢れているというのは、ブレない優しさを持っている人だと思うんですよ。

表面だけでも真似できるかもしれません。

だけどそんな真似事は、逆に疲れてしまうと知っています。

 

だからもう、今の自分を受け入れてしまいました。自分に限りなく甘い。いいえ、あえて甘くしています。誰かを傷つけたり、迷惑をかけたりしない状況ならば、もう無理はしない。時間の無駄だと悟ったからです。(私の場合はですよ)

 

 

大人と子供の心を共存させて過ごす 

 

私の場合、本当は子供のように清らかな気持ち「だけ」で過ごしたいけれど、それはとても疲れます。一見素敵だけど頼りない。そして、自分は良いけれど誰かを振り回して、疲れさせてしまうこともあるのです。

 

かといって・・・誰かに頼り切って、自分の全てを委ねる勇気もありません。 

大人のように割り切った気持ちだけで過ごすのもしんどい。

「大人の仮面」をかぶって、強風をガードするための「大人の盾」を持っていては、両手も心も自由になりません。

 

大人と子供のどちらかだけで生きるのは、私にはしんどいのです。

大人の仮面や盾を、無邪気な心で持てる人ならば両方を共存できるでしょうね。そんな素敵な方はこの世の中に沢山いらっしゃいます。

 

 

 

例えば・・・

高田純次さんや、アントニオ猪木さんなどはそのタイプじゃないでしょうか。

今をときめく加藤一二三さん(ひふみん)もそうですね!彼らの本当の姿は分かりませんが、そんな風に見えます。どこかお茶目なんですよね。あんな風に生きたいなぁと思うけれど、今の私にはちょっと難しい。

 

あと5年、10年したら、ひょっとしたら色んなモノが削ぎ落ちて「素の状態」になれるかもしれません。

 

 

綺麗な世界だけでは生きていけないから「ネガティブと共存」していく

 

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そもそも、何かに心から感謝できたり、感動したりできるのは、「ネガティブな闇」を知っているからだと思うのです。

 

綺麗な世界だけを見ていては、何の感動もないんじゃないでしょうか。

闇を知ってるから、光の眩しさを味わえるんですよね。

 

誰もがその闇は知りたくないし、関わりたくないかもしれない。

私も出来れば避けたい。でも、生きていると避けられない事って沢山ありますよね。

  

だからもう、ネガティブな気持ちになる自分、受け入れちゃって良いんじゃないかなと思うのです。そんな時もあるさって思ってしまう。

 

 

 

ただ、一旦受け入れたら、さてその先どうしようかって客観的に考えて行く。

物事には全てに原因があるから、そこを見つめて策を練っていけばいいのです。それは、その道のプロに手伝ってもらうのも有り。ひとりの人間の頭でぐるぐる考えても、限界があるんだもの、甘えたっていいのですよ。

 

するか、しないかだけ。

間違えたっていいの。正解なんてこの世の中に無いから。難しくない。

 

 

雨が降らないと虹は出ない 

 

私は、大人と子供の心と同じように、ポジティブとネガティブは、どっちが欠けても存在しないと思うのです。 

 

雨(ネガティブ)が降らないと虹(ポジティブ)が出ないのと同じ。

それに、実際に雨に当たってから虹を見たら、ものすごくキラキラして見えると思うんですよ。「あぁ虹か」だけじゃ終わらないはず。

だから今のネガティブな自分でも良いって思うことにする。

 

 

 

おぉ~!!!虹だ!あの上をスキップしたい!と思える、子供のような心で感動できる大人でいたいですね。

 

魂を揺さぶって生きるの。

その感動を味わうためのネガティブ。

最高じゃない?

 

モヤモヤ気分万歳!

ネガティブ万歳でいきましょう~。

 

 

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