おとなんつづり

オトナになっても純粋に心豊かに。自由な視点で綴ります。

お洒落なミニマム暮らしを叶えたい!実家の荷物と思い出で揺れる日々


私は実家の荷物を全部引きとって暮らしています。

お洒落なミニマム暮らしをしたい。だけど・・・そうするには実家の家財道具を処分しなければいけないということ。自分のモノが案外少ない事に気が付きましたよ。これは、断捨離が進まない理由のひとつだと思うのです。

 

 

 

実家の荷物で新婚生活をはじめる

 

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私の新婚時代、新しいモノはありませんでした。

 

結婚が決まってすぐに母が他界したので、そのまま私が実家の荷物を引き継いで生活を始めることとなったんです。私は母と2人で団地暮らしでした。

父は既に他界しているし、姉妹は地方に嫁いで嫁としての生活もあるので、実家の荷物を何とかするのは私しか居なかったんですよね。

 

新婚生活の夢、私なりにあったんですよ~。夫とアレコレ相談しながら、家具や布団を買いそろえて行くあのフワフワした感じ。荷物を買いそろえたかったなぁって。そんな乙女心はもろくも崩れ去りました。

 

 

 

お金がかからなくていいわね~という声もありましたけども。それよりも、私は最初から自分の足で生活を始めたかったんですよ。

・・・ワガママです。有難いことなんです!贅沢なんです!

 

でもやっぱり思うモノがあるのですよ。 

全部を引き取って暮らし始めたので、もうゴチャゴチャです。

 

 

例えばこんなモノたちが残っています。

 

・仏壇

・お客様用の分厚い新品布団

・他界した父の遺品

・沢山のアルバム

・お洒落度ゼロの家具たち

・母が愛用していた服・小物・思い出のモノ

・衣装ケースいっぱいの着物

・まだまだ使えるモノたち

 

 

 

ね?これだけで、もうお腹いっぱいでしょう?

まだまだあるんですけども。思いつくものをざっと箇条書きしてみました。 

かなり場所をとっているんです。思い出もあるし、十分に使えているものが多く、勿体ないおばけが私の中に姿を現すと、もう~捨てられないのです!

 

これでもだいぶ処分したんですよ・・・。

最初はプリンの空き容器すら、母との思い出がいっぱいで捨てられませんでした。

 

 

捨てられない実家の家具たち

 

私の実家は裕福ではありませんでした。隙間風入る長屋で家族4人肩寄せあって暮らしていたんですよ。トイレも汲取り式だったし、お風呂も隣の家と共同で時々銭湯へ行っていましたよ。

 

そんな暮らしの実家の家具たちを少しご紹介します。

お洒落度ゼロ。見るたびにガッカリするんですが・・・私はまだ使っています。

 

 

 

<5000円で買ったラタン家具>

 

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この家具が実家に導入されたときは、小躍りしました。おぉ~!きたー!って。

このレース!このアジアンチックな自由な感じ!母と喜びました。

はじめて異国の家具がやってきた・・・と、当時は思ってた。当時は、ね。

 

夫の衣類小物の他に、亡き母の靴下やハンカチなどがまだ入っています。母のモノは時々使っていますが頻度は低いです。この棚、夫は使いやすいようで、捨てられず困ってるんです。

提案しても「別に困ってない」となり、新しい家具についてあまり乗り気じゃない様子。

複雑です。

 

 

 

<30年熟成されたコタツ台>

 

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このコタツ台で家族四人、食事をしてテレビを見ていました。

カルピス劇場の「フランダースの犬」や「ハイジ」、8時だよ!全員集合~などを見てたんですよねぇ。だからざっと30年は使われているかと。

 

ところで。

このコタツ台の奥に見えるのは、夫が買い集めた山盛りの漫画です。

私はこれ要らないのです!ごっそり捨てたい!そんなこと怖くて出来ませんけどね。このコタツ台と漫画が無いだけで、この画像のスペース、かなりスッキリすると思いませんか・・・。

 

 

 

<平成になって導入された靴入れ&布団>

 

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これは、母と市営団地に住むようになって、はじめて買った家具。

観音開きになって扉側にも靴が入るものです。母は2年しか使えませんでした。

 

借りていた市営団地はリフォームしたり、壁に穴をあけてはいけなかったのです。

靴を出しっぱなしにしたくないよねぇという事で、思い切って買ったモノ。こうして書いていると、母との会話を思い出します。

この布団も母のお気に入り。病室にも持ち込んで使っていたものなんですよ。高価なモノでは無いんですが、寝心地が良かったようです。

 

 

 

<もはや骨董的な謎の家具>

 

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ぺらぺらの合板。昭和のニオイがします。私が小学生の頃に導入された家具です。

上下とも、高さを好きに移動できる棚になっています。中に入れるものを自由に変えられるので、夫としては使いやすいようです。

見た目はボロくても、実用的だと・・・なかなか捨てられないのです。

 

 

まだ沢山ありますよ。

いちばん困るのはアルバムや遺品などでしょうか。

今からアルバムを広げて整理する余力も無く、遺品をじっくり見る勇気も無いのです。他界して何十年たってもやっぱり、涙が出てしまうんですよね。

 

 

繰り返さないために

 

あまり裕福では無かった両親が、やっとの思いで買ったモノたちです。

そして、母自身も質素な家庭で育ったのでモノを粗末にしません。少しくらいデザインが古くても、見た目がイマイチでも直して使っていました。

 

まだ使えるものを、簡単に捨てない。

この精神が私を惑わせます。

 

そうだよね勿体ないよね、まだ使えるもの。こうやって活躍してるもの。でも、でも使っていて、ときめかないのです!

自分が両親の年齢に近くなってきて、ふと思うものがあるんですよ。

今、私が寿命を全うしたら、誰が家財道具を引き取るの?って。

 

 

 

実は昨年、夫の実家も空き家になってモノについて考える機会がありました。

家財道具一式そのまま放置されています。先日、施設に入っている義母の服を取りに、久しぶりに鍵を開けて入りましたが・・・そこはもう人の住む雰囲気じゃなくなっていたんですよ。

 

昨日まで住んでいたように家具や小物が置いてあるのに、ただのモノでしかなくて「心」が入ってない感じがしたんです。モノは使ってはじめて「心」がはいるのかもしれませんね。

 

 

ときめくモノで暮らすという贅沢

 

「思い出」と「モノ」を切り離す作業はけっこう難しいですね。

自分のものならば踏ん切りがつくけれど、両親のモノだと思うと手が止まってしまいます。だけど、いつまでたっても今のままでは、何も変わらないのです。

 

思い出は心の中に。十分使ってきたのだと言い聞かせ、これからは本当に自分が心地良いと思えるモノで暮らしていきたいと思っています。

 

両親が他界した年齢に近くなり、ようやくそんな風に思えるようになってきました。

 

 

 

あとは、それらを叶えるための「お金」もある程度必要になってきそうです。

使えているものを捨てて、別のものを買うとう贅沢。

ときめきだけで買い換えるとう贅沢。

たとえ100円のものでも同じ事なのです。これは私の悩みのひとつ。

 

そこで、使った日数をざっと日割り計算して、もう存分に使ったのだと言い聞かせたりしています。出来るところから見直していこうと思っています。